二次元アト秒測定法
by 新倉弘倫 Hiromichi Niikura
ここでは、最近、当研究室で開発した「二次元アト秒測定法[1]」について記します。
アト秒科学では「原子や分子の電子の位相」と「アト秒パルスの位相(スペクトル位相)を測定することが目的になります。
(→スペクトル位相等:詳細)
始めに、従来のw-2w法と、2-path-RABBIT法について記します。
1.二つの時間差(delay)
XUV-IR delay
ω - 2ω delay
2. "ω- 2ω" 法 [2]
「高次高調波の発生時刻を測定する」のに用いる、
再衝突電子を
用いた測定法の中の「高次高調波分光(High-harmonic spectroscopy)」の一つです。
高次高調波は、高強度のレーザー(基本波)を希ガスなどに集光したときに発生します。このとき、発生した
高次高調波のスペクトルは、もともとのレーザー(基本波)の波長の奇数次分の1(エネルギーが奇数次倍)になります。
一方、800nm(基本波)だけではなく、波長が半分になった400nm(二倍波)と組み合わせて、高次高調波を発生させると
そのスペクトルには、奇数次だけではなくて、偶数次もあらわれます(→詳細)。つまり800nmの11分の1、13分の1・・・だけではなく
12分の1、14分の1の波長の光も発生します。
ここで基本波(800nm)をw、二倍波(400nm)を2wと表します。(ωですが、本稿ではwと書きます)。
800nmと400nmの時間差(位相差、w-2w delay)を変えると、発生した高次高調波のそれぞれのスペクトルの強度が
変動します。800nmの1周期 T0 = 2.66 fsとすると、w-2wの時間差がT0/4 =0.66 fsのときに、800nmと400nm
とをあわせたレーザー電場は同じ形になりますので、0.66fs周期で、それぞれの高調波の強度が振動することになります。
そこで、w-2wの時間差の関数として、発生した高次高調波のスペクトルを測定します。
すると、それぞれの高調波の強度は、0.66fsごとに振動しますが、その振動が時間的に「ずれて」いることがわかります。
つまり、例えば12次高調波(H12)では、w-2w delay = 0.1 fsに強度のピークがあったものが、H14では、0.13fsにある、など。
(下図では、奇数次(H11, H13など)は書いていませんが、それらも測定されます。)

すると、図の斜めの点線のように、「偶数次の高調波の強度が最小になるところ」を結ぶと、なんらかの傾きをもった線を得る
ことができます。そして、この「w-2w delay」を二倍すると[1]、「それぞれの高調波が発生した時刻(発生時刻)」を得ることが
できます[1]。w-2w delayと発生時刻の関係は、二倍でいいのか?などについては、[1]のref.にある論文にもあります。
(→スペクトル位相・発生時刻とは:詳細)
Reference
[1] D. M. Villeneuve, Peng Peng and H. Niikura, Phys. Rev. A 104, 053526 (2021).
[2] N. Dudovich, O. Smirnova, J. Levesque, Y. Mairesse, M. Yu. Ivanov, D. M. Villeneuve, P. B. Corkum, Nature Phys. 2, 781 (2006).
[3] P. M. Paul, E. S. Toma, P. Breger, G. Mullot, F. Auge, Ph. Balcou, H. G. Muller, P. Agostini, Science 292, 1689 (2001).
[4] D.M.Villeneuve, P. Hockett, M.J.J.Vrakking and H. Niikura , Science 356, 1150 (2017).
---------------------------------------------------------
3. "2-path-RABBIT" 法 [3]
次に、光電子分光を用いた方法(RABBIT法)について記します。(なおこの略称は、RABBITTとかRABITTとかいろいろ書く人がいるようで、
どれが良いのかはたぶんなにかはあるのでしょうが、とりあえずRABBITとしておきます。)
まず800nmの基本波(赤外レーザー、IR)で、奇数次のみを含む高次高調波(アト秒パルス列、XUV)を発生します。XUVと、IRの両方をさらに
試料に集光し、放出された光電子のエネルギーや角度分布、運動量を測定します。つぎにXUVとIRの時間差をアト秒精度で変化させて、同様に
光電子スペクトルを測定します。

どのような光電子スペクトルが測定されるか
以下に、それぞれの過程でイオン化したときの、イオン化のエネルギー準位図と、光電子スペクトルの概略図を示します。

(a)奇数次のみのXUVによる光イオン化
まず、奇数次のみの高調波を試料に当てると、どうなるでしょうか。奇数次のみの高調波は、例えば基本波(800nm, 1.55eV)の15倍・17倍などの
とびとびのスペクトルを持っています。たとえば15次高調波は、1.55eV x 15 = 23.25 eVとなります。これをネオン原子に当てると、ネオン原子
の一番エネルギーの浅いところに詰った電子をひとつ、引き抜く(イオン化する)のに必要なエネルギー(第一イオン化エネルギー, IP)は21.56eVですので
15次高調波によってイオン化され、電子が放出されます。このとき、放出される電子のエネルギは、23.25 - 21. 56 = 1.7 eVとなります。☆→コメント
同様に、17次高調波では17x1.55 - 21.56 =4.8 eVのエネルギーを持つ電子が放出されます。なお、
13次高調波の場合は、1.55eV x 13 = 20.15 eVとなり、
第一イオン化エネルギーより低いので、電子は放出されません。また、もし基本波の波長
を、800nm から790nmに変えると、
それに応じて、高次高調波のスペクトルもシフトして、光電子スペクトルもシフトします。
(b)奇数次のみのXUVとIRによる2光子光イオン化
さて次に、IR光を重ねて光イオン化します。高次高調波のスペクトルは、奇数次のみのままです。このとき、例えば
・15次高調波を吸って、さらにIR光を吸うプロセス
・17次高調波を吸って、IR光を放出するプロセス
の二つが生じます。それぞれ15+IR, 17-IRと書きます。15+IRと17-IRはともに、16次高調波でイオン化したとしたときと同じ光のエネルギーになり、
15次高調波・17次高調波によってイオン化したときに生じた光電子のピークの間に、新たなピークが出現します(サイドバンド)。
そのほかの次数でも同様です。

ここで、XUV-IRの時間差(delay)を変えると、(IR光の電場の1周期をT0=2.66fsとすると)その半分の周期(1.33fs)で
サイドバンドの強度が変動します(→理由)。簡単には、「二つの異なるプロセス(ここでは15+IRと17-IR)で生成されうる光電子は干渉する」
ことによります。
このとき、全てのピーク強度がおなじタイミングで変動するわけではなく、エネルギーごとに
すこしずれています。
それぞれのサイドバンドの強度を、XUV-IRのdelayの関数としてプロットすると、上記右の図のようになります。
強度の変動がピークになる時間差(delay)は、エネルギーごとにすこしずれています。このずれ(光電子の位相)は
・光電子の位相=スペクトル位相+原子位相
となります。
w-2w法では、強度がピーク(または最小)となる時間差のシフトは、「スペクトル位相」のみを示していますが(基本的に)、
RABBIT法では、スペクトル位相のほかに、原子に由来する位相によるシフトが加わります。たとえばcase Bのように、ある特定の
エネルギー(b)で、もし「予測されるスペクトル位相」からのずれが測定された場合、このずれは
「原子の電子ダイナミクスに由来するものである」
と推察されます。横軸はアト秒精度であるため、たとえば50アト秒など
の「電子の位相のずれ」も観測することが出来ます。
(→原子位相とは)
---------------------------------------------------------
コメント
☆なお、通常、「光電子スペクトル」(光電子分光)と言った場合には「イオン化する光の波長(エネルギー)は一つ」で(例えば21eVなど)
その光で、「一番、浅いところに詰った電子」だけではなく「より深いところにある電子」も放出されます。同様に高次高調波でも、
一つの高調波(例えば17次高調波)から、複数の異なる状態に詰った電子がイオン化されます。19次高調波でも、同様になりますので、
測定される光電子スペクトルは複数のスペクトルが重なったものになり、複雑になります。
続きは執筆中。→の部分には、説明をあとでリンク等ではります。
---------------------------------------------------------
4. "3-path-RABBIT" 法 [1, 4]
この方法は、筆者らが2017年にScience誌に発表したときに用いた方法で、2021年に、その発展版を発表しました。
w-2w法とRABBIT法とを組み合わせたものです。まず800nm(基本波、w)と400nm(二倍波、2w)とを組み合わせて、
高次高調波を発生します。このとき、前出のように、奇数次だけではなくて偶数次の高調波も発生します。
次に、発生した高次高調波(アト秒パルス列、XUV)と800nmを組み合わせて試料に照射し、イオン化します。

まず、下図左にXUVのみでイオン化したときのエネルギー準位図と光電子スペクトルの概略図を記します。H15,H17などの奇数次に加えて
H14, H16などの偶数次もあるため、XUVのみを用いたときでも、偶数次から発生した光電子のピークが測定されます。
次に、ここにIR光を加えると、2-path RABBITと同様に、例えば15+IR, 17-IRという2光子過程が起こり、光電子が放出されます。
すなわち、「あるエネルギーを持つ光電子は、例えば
・14次高調波による一光子イオン化過程
・15次高調波とIR吸収による2光子イオン化過程
・17次高調波とIR放出による2光子イオン化過程
という、三つのイオン化過程によって生成されることができ、発生した電子波動関数はコヒーレントに重ね合わさります。
他のエネルギーでも同様です。

ここで、実験的に変えることの出来るアト秒時間差(delay)は、(a)XUV-IRと(b)w-2wの二つ、あることになります。
あるw-2wを固定すると、発生する高次高調波(XUV)のスペクトル(強度や位相)などが決まります。そのXUVと、IR光の時間差
を変えると、2-path RABBIT法のときど同様に、例えば15+IRと17-IRの二つのイオン化過程によって生成しうる電子波動関数の位相がずれ、
干渉の様子が変わるために、ピーク強度が変動します。測定されるサイドバンドの強度は、さらに、14次高調波によって生成する電子波動関数との
重ね合わせになりますが、こちらはXUV-IRの時間差が変わっても、かわりません。

次に、XUV-IRをあるところに固定して、w-2wの時間差を変えたときを考えます。このときは、前述のように、高次高調波のスペクトル強度と位相が
変化するため、発生する光電子の強度と位相も変化します。どのようにかわるのか、については[1]に詳しく実験結果とともに記しています。
XUV-IRの時間差と、w-2wの時間差を独立にアト秒精度で変えて測定するため、二次元アト秒測定法と呼んでいます。

どのような情報が得られるのか
さて、では「3-path」にすることによって、また「二次元で測定することにより」どのような新しい情報を得ることが出来るのでしょうか。
ひとつには「光電子の位相の角度分布」の測定により、「放出された光電子が、どのようなイオン化過程から、どの強度・位相で生成しているのか」
ということと、「スペクトル位相」と「原子由来の位相」とわける、ということがあります。
以下執筆中。