原子位相とスペクトル位相
by 新倉弘倫 Hiromichi Niikura

高次高調波を用いたアト秒科学では、
  1.アト秒レーザー(高次高調波)のパルス幅や電場はどうなっているのか?
  2.光電子の位相は?
を測定することが目的にあります。


1. スペクトル位相とは
レーザーパルスは、図のように電場が何回か振動しています。このパルスは、19次高調波(H19)、17次高調波など
それぞれの高調波を重ね合わせると、再構成することが出来ます。(フーリエ変換)。それぞれの高調波は、ある角振動数wn
などで振動するで表されますが、それぞれ「波の高さ(振幅」と「波がどれだけ横にずれているか(スペクトル位相
の二つの量で表されます。つまり、各高調波の「振幅」と「位相」の両方がわかれば、
再構成することで、アト秒パルスの電場・パルス幅がわかることになります。



各高調波の「振幅」は、発生した高次高調波を分光してスペクトル強度を測定すれば、それから得ることが出来ます。
一方、「スペクトル位相」の測定には、工夫が必要です。スペクトル位相を測定することで「アト秒パルスが発生している」ことが
わかったわけですが、その方法には、光電子を用いる「RABBIT法[1-2]」と「w-2w法」[3]などがあります(→こちら)。

長いパルスと短いパルス
もし、スペクトル位相が各高調波ともそろっていれば、アト秒パルスは「短く」なります。一方、
もしそれぞれの高調波のスペクトル位相がずれていれば、アト秒パルスの幅は伸びることになります。
実際に、異なる振動数をもつ平面波を、ある振幅・位相で足し合わせるとこのことがわかります。
(なお、図は模式的に作成していますので、振幅や位相のずれはテキトーに描いています。)



高次高調波のスペクトル位相は、ずれている
: 再衝突時刻・高次高調波の発生時刻とエネルギー(次数)の関係 : 重要

さて、ではそもそも、高次高調波のスペクトル位相は、それぞれ11次・13次などの高調波ごとに「そろっている」のか、
それとも「ずれている」のでしょうか?
実は、発生したそのままだと、高次高調波のスペクトル位相は、各高調波ごとにずれています。
なぜずれているのかは、発生過程を考えるとわかります。

・再衝突の時間とエネルギー
高次高調波は、高強度レーザー電場中で、トンネルイオン化-電子再衝突過程によって生じます(→こちら)。
このとき、再衝突してくる電子は、加速されて減速されています。つまり、



「衝突開始時には再衝突エネルギーが小さく、だんだん衝突エネルギーが大きくなって、また衝突エネルギーが下がる」

という時間構造になっています[4]。これは、電場中での電子の運動に関するニュートン方程式を解けばわかります。
最大の衝突エネルギーになるのは、800nmの場合だと、トンネルイオン化してから1.7fs程度あとになります。
なお、同じ再衝突エネルギーになる「再衝突時刻」が、二回あることになりますが、最初の方をshort trajectory,
あとの方をlong trajectroyといいます。

・再衝突を波として考える(高次高調波発生)
このことを電子を「波」としてかんがえます。加速されると、電子のドブロイ波長は短くなります。減速されると長くなります。
再衝突時に、もとの原子・分子に残った(束縛状態の)電子波動関数を揺らします。揺らされると、それと同じ電場(高次高調波)
が発生します(簡単に言えば)。つまり高次高調波の電場も、「再衝突電子の加速・減速」にあわせて、一パルスの中で

   「時間が経過するごとに、電場の波長が短くなって長くなる」



つまり「アト秒時間でチャープしている」ことになります。[波長が短くなる=高次高調波のエネルギーが高い=次数が大きい」ですので、
「それぞれの高調波は、異なる(再衝突)時刻に発生している」ことになります。それぞれの次数での
スペクトル位相φは、「発生時刻te」を角振動数で割ると得られます(φ = ω / te)。

・アト秒電子運動の測定
実験的には、short trajectroyの方のみを取り出すことが出来ます(こちらのほうが早く衝突するので、強度も大きい)。
すると

「再衝突する時刻と、再衝突エネルギーは、一対一の関係が有る」いいかえれば
「各高調波の発生時刻と、高次高調波のエネルギー(or 高調波の次数、波長)には一対一の関係が有る」

ということになります(!)。つまり「高次高調波のエネルギー(次数)は、アト秒での時間軸となる」ことになります。
このことを利用すると、電子の運動をアト秒時間で測定することができます[4-5]。(→ 詳しく(TBA))


References
[1] P. M. Paul, E. S. Toma, P. Breger, G. Mullot, F. Auge, Ph. Balcou, H. G. Muller, P. Agostini, Science 292, 1689 (2001).
[2] Y. Mairesse, A. de Bohan, L. J. Frasinski, H. Merdji, L. C. Dinu, P. Monchicour,
   P. Breger, M. Kova?ev, R. Taieb, B. Carre, H. G. Muller, P. Agostini, P. Salieres, Science 302, 1540 (2003).
[3] N. Dudovich, O. Smirnova, J. Levesque, Y. Mairesse, M. Yu. Ivanov, D. M. Villeneuve, P. B. Corkum, Nature Phys. 2, 781 (2006).
[4] H. Niikura, D. M. Villeneuve and P. B. Corkum, Phys. Rev. Lett.94, 083003 (2005).
[5] H. Niikura, Hans JakobWorner, D. M. Villeneuve, and P. B. Corkum, Phys. Rev. Lett. 107, 093004 (2011).



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