アト秒 科学について(Attosecond Science)
by 新倉弘倫 Hiromichi Niikura
last update: Oct. 2023

2022年ウルフ賞&2023年ノーベル賞記念版「アト秒科学のなぜ・なに解説」(updated
--詳しい説明をつけました!(12/8update)
「で、どうやってアト秒のパルス幅を測定しているの??」とかの疑問を持った人向けの解説!!!
音声を入れた動画(update しました!!)
スライドや動画は適宜、アップデートされることがあります。
共立出版 「アト秒科学で波動関数をみる」
※卒論・修論・スライド・動画その他などの作成に際して、これらを参考にした場合は、それらの中でその旨を記載してください。

目次
1.アト秒科学について
2.アト秒科学の基礎(1980年代後半〜2000年)(プレアト秒の時代)
  ・高次高調波の発見----ノーベル賞対象・ウルフ賞対象
  ・三段階モデル----ウルフ賞対象
 ・電子ストリーク法の提案
3.アト秒科学の方法(2000年以降)
  (a)アト秒高次高調波(レーザー)を用いる方法
  ・単一アト秒パルス----ノーベル賞対象・ウルフ賞対象
  ・アト秒パルス列(RABBIT法の詳細)----ノーベル賞対象
  (b)アト秒再衝突電子を用いる方法----ウルフ賞対象
・再衝突電子の時間構造・空間構造の同定(分子時計法による)
   ・再衝突電子によるアト秒分子振動運動の測定
   ・高次高調波発生過程を利用した測定法(高次高調波分光)
   ・再衝突電子による電子散乱による測定
4.アト秒科学の最近の研究当アト秒研究室(新倉研)での成果
   ・位相をわけた波動関数イメージング
まとめ
オタワの研究所
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Re-collision Cat (再衝突の猫)or "attosecond cat"(アト猫)

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1. アト秒とは

1アト秒は10のマイナス18(10-18)秒に相当します。



分子の回転(波束)運動や、振動(波束)運動、化学反応はフェムト秒(10-15)の時間領域で生じます。
アト秒の時間分解能が達成されることで、「分子の回転・振動(波束)運動を止めて」電子(波束)の動きを測定できる
ようになります。

波動関数とアト秒科学
原子や分子中の電子は波としての性質を持ち、その様子は「波動関数」という関数 Ψであらわされます。
波動関数は波の性質をあらわすために複素数で、実数部(実部)と虚数部(虚部)、または振幅と位相の二つで
表現されます。Max Bornの確率解釈によると、波動関数の自乗 |Ψ|2(にある微少体積をかけたもの)は、その微少体積に
電子が存在する確率を表します。原子や分子内などの電子の分布を測定することにより、
波動関数の自乗|Ψ|2に相当する量を得ることが出来ますが、 複素数である波動関数そのものを測定することは、困難でした。
アト秒科学は、複素数である電子の波動関数(振幅と位相の分布)を測定する新たな方法を拓きました。
かんたんには→電子のひみつ
執筆中の項目
二次元アト秒測定法について(w-2w法、スペクトル位相、RABBIT法、3-path RABBIT法など)


☆アト秒に入るのがなぜ困難だったか?
1960年代後半に、「ピコ秒レーザー」が発明されて以来、レーザーのパルス幅は1986年ころには、10フェムト秒(fs)を下回るようになりました。
これは主に、「パルスの分散を補正する」という技術によるものです。
一方、1980年代半ばから、1フェムト秒の壁を破って、アト秒の領域に入ることは困難でした。その理由に、
・例えば800nm(赤外)のレーザーでは、電場が1回振動するのに、2.66 fs もかかる。
・波長を短くすれば、(例えば80nmであれば、電場が1回振動するのに266アト秒になる)が、極端紫外のレーザーを作ることは
そもそも従来の非線形光学結晶を使うなどの考え方では、困難だった。
ということがあります。そこで、「新しい発想に基づく、新しい考え方」が必要でした。


まず以下では、アト秒科学の基礎になっている「高次高調波の発見」と、Paul Corkum先生の提唱された「三段階モデル」から
説明します。この三段階モデルこそが、「新しい発想」に基づくものでした。

☆レーザー電場1周期以内のダイナミクス
従来の光学は、「色ごとに(つまりどれくらいの速さで電場が振動するかや波長)」での測定でした。
一方、アト秒科学は「レーザー電場が一回振動する(sub-laser-cycle)あいだに」おこる現象を利用します。
つまり800nmでしたら、1回振動する2.66fsのあいだに全てが始まり、すべてが終わることになります。



・H. Niikura and P. Corkum,"Attoecond and Angstrom Science",
Advances in Atomic, Molecular and OpticalPhysics, 54, 511 (2007).
・総説「再衝突電子によるアト秒電子運動の計測」新倉弘倫 分光研究60, 219 (2011).
(上記の分光研究誌に詳しく書いてあります)。

"from Femto-to-Atto clock"
筆者は2000年から2009年まで、Corkum研究室に滞在しましたが、始めはまだfemtosecond science でした。
それが、2001~2002頃から、あっというまにアト秒の時代になりました。
これははCorkum研でアト秒に入った(Niikura et al., Nature 421, 826(2003)など)ことを記念にもらった
"from Femto-to-Atto clock"です。(カナダの研究室から移るときにもらいました。たぶんひとつしかないと思います。)

"From femto-to-atto" という銘板がはめこまれています。

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2. アト秒科学の基礎

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高次高調波の発見[1]--- 1988年:
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1980年代に入り、強度の強い、フェムト秒領域のレーザーパルスが作られるようになりました。
赤外領域(波長800nm 〜1000nmなど。最近では3000nmなども使われる)の強いレーザーパルスを、希ガスなどに集光すると、
そのもともとのパルス(基本波と呼びます)の波長よりも、何倍も短い波長を持つ極端紫外領域の光が発生することが観測されました[1]。
(この論文には2022年ウルフ賞受賞のL’Huillier博士が名前を連ねています。)
これを高次高調波と呼びます。高次高調波のスペクトルは、
(1)基本波の奇数次(9倍・11倍・13倍など)のエネルギーを持つ、(2)次数があがっても、強度が大きく変化しない(プラトー領域を持つ)、
(3)ある次数で、急激に強度が減少する(カットオフがある)という特徴があることがわかりました。
特に、「偶数次(10倍や12倍)などはなぜ出ないのか?」などが謎でした。



これまで、非線形光学結晶などにより、波長の短いレーザーを作り出す試みがされてきましたが、これまでの方法では
800nm → 400nm (二次)→ 266nm(三次) → 200nm(四次)と、次数が上がるごとに、強度が非線形的に減少し、
11次などに到達することは困難でした。また「極端紫外領域」になると、光は大気や多くの結晶などを透過しませんので、
そもそも極端紫外領域〜軟X線領域のレーザーを作るには、新しい方法が必要でした。

光の波長とエネルギー:波長を800nmとすると、1240 / 800 = 1.55 eV で、光のエネルギーに直すことが出来ます。波長でいえば
エネルギーの11倍は、11分の1の波長に相当します。例えば800nmの赤外パルスから発生した第11次高調波は、
1.55 eV x 11 = 17.05 eV(波長は72.7 nm)のエネルギーを持ちます。例えばアルゴンから電子をひとつ引き抜く
(一光子イオン化する)ために必要な、最低のエネルギーは約15.7 eVですので、11高調波をアルゴンに当てると
電子が放出されます。

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三段階モデル[2]--- 1993年:
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さて、このような特徴をもつ「高次高調波」が発生することはわかりましたが、「なぜその特徴が生じるのか」の
物理モデルは未解明でした。そこで、Paul Corkum博士が「三段階モデル」を提唱しました[2]。
これは「高強度のレーザー電場が、原子に照射されたときに、中の電子はどのような振る舞いをするのか?」を
古典的かつ直感的なモデルを用いて説明したものです。そのすぐ後に、量子力学的な取り扱いと一致する[3]ことも示されました。

このモデルの特徴は「直感的」なことです。多くの特徴がこのモデルを用いて説明され、
また、「アト秒パルス発生法の提案[4]」「アト秒パルスの測定法の提案」[5]などの、アト秒科学の基礎となるアイデアが生み出されました。
すなわち「アト秒科学の構築のもとになる重要なモデル」です。[5]は、2000年以降の「アト秒電子ストリーク法」のもとになっています。

このモデルでは、「電場中&原子中の電子のふるまい」を、三段階に分けて考えます。

1. トンネルイオン化過程
レーザー電場が無いときは、原子の中の電子は、ちょうど風呂桶の中に閉じ込められているようなものです。
そこにレーザーが照射されると、ちょうどシーソーにのせた風呂桶を傾けるような感じになります。もしレーザーの強度が強いと
(=風呂桶を傾ける角度が急だと)電子が風呂桶のふちからあふれてしまいます。しかし、電子は量子的な物質ですので
風呂桶を完全に傾ける前に、電子は風呂桶の壁を「トンネル」して、外に抜け出てしまいます。これが「トンネルイオン化」です。
(風呂桶=原子の、核や他の電子からのポテンシャルです。)

2. レーザー電場中での電子の運動
風呂桶からトンネルして外に出た電子は、そのままでしたら、どんどん流れて外に行ってしまいます。
しかし、レーザー電場の強度は、ちょうどシーソーが左右に上下するように変化しています。 そこで、風呂桶の
のっかったシーソーが逆になると、シーソーの上にある「飛び出た電子」は、今度は逆方向に加速されます。


ここで重要なことは、「レーザー電場(図の赤い線)の1周期以内に(sub-laser-cycle)」この過程が起こるということです。
800nmのレーザーを用いた場合、レーザー電場の1周期(シーソーが1回、ばったんとする時間)は、2.66 フェムト秒(fs)です。
(1000アト秒=1フェムト秒)電子は、風呂桶が傾いているときしかトンネルイオン化しませんので、「トンネルイオン化過程」は、
レーザー電場の各サイクルのピーク付近(シーソーが一番傾いた付近)の、数百アト秒で起こります。その後、1000アト秒後くらいには
自分(風呂桶)の方に戻ってくる、ということになります。

☆少し詳しく:実は「電子が風呂桶から出るタイミング」が重要です。もしシーソーが一番傾いたときに出ると(0fsのときに出ると)、
ちょうど電場(シーソー)によって加速されて減速される量が一緒になり、戻ってきたときの電子の運動エネルギーはゼロになります。
一番傾いているときから、少しずれたときに飛び出た電子が、「戻ってきたときに一番加速」されていることになります。
これはm dv / dt = E0 cos (ω t) という運動方程式を、飛び出る時間(トンネルイオン化時刻)t'ごとに解けば、すぐにわかります。
つまり初期時刻 t' が与えられると、元に戻ってきて衝突する時刻 tc がきまり、そのときの運動エネルギー(衝突エネルギー)が決まります。
このとき、それぞれのトラジェクトリに対して作用Sを計算することで、exp(iS)から、近似的に再衝突する電子の波動関数に対応するものを
求めることが出来ます。(量子力学的な取り扱いを含めて、筆者の大学院の講義(高強度レーザ物理特論)で解説しています。)
また、この過程は「シーソーが電子の運動にくらべてゆっくりと傾く」必要があります。ゆっくり傾く=波長の長いレーザーですので
「赤外」レーザーを用いているわけです。

3. 電子再衝突過程(electron re-collision)
さて、あるタイミングでトンネルイオン化により放出された電子は、上記のように「レーザー電場の1周期以内に」「加速されて」
もともとの原子(風呂桶)に戻ってきます。このとき、例えば波長800nm、レーザー電場の強度が1.5x1014W/cm2のとき、
最大の衝突エネルギーは、上記の古典的計算から約30 eVになります。これは電子が、30Vの電圧がかかった極板間で加速される
ときのエネルギーに相当します。そのような加速が、「レーザー電場1周期以内」で、「原子のごく近傍」で生じるの です。
加速された電子は、もとの原子(風呂桶)に衝突します。これを「再衝突(re-collision)」と呼んでいます。
再衝突時に、図に示すような物理過程が生じます。


電子は加速されているので、再衝突時に、もとの原子などのほかの電子を弾き飛ばす過程(電子励起・イオン化過程)、また電子は波としての
性質を持っているので、もとの原子に散乱される過程、そして「高次高調波発生過程」です。

非常に簡単にいえば、「再衝突時に、加速されている電子の運動エネルギーが、光のエネルギーに変わると」光が放出される、
ということです。すなわち、再衝突時にもし40eVの運動エネルギーを持っていれば、40eVの光が放出される!ということです。
・なぜ極端紫外領域なのか? → 電子が数十eVに加速されていて、それが衝突するから
・最大の光のエネルギーは、最大の衝突エネルギーで決まるので、カットオフを持つ。
・衝突時のエネルギーは、ある幅を持っている(エネルギーによって急激にかわらない)ので、プラトー領域がある。
ということになります。

アト秒科学への発展:さらに、 ・なぜアト秒のパルス幅のレーザーが生じうるのか? → 電子が「再衝突しているあいだのみ」光が放出されるから
ということになりますが、
・電子が再衝突する時間は、レーザー電場の1周期以内である(次章b)
・電子の再衝突によって生じた高次高調波が、アト秒の時間幅を持つ(次章a)
ということが確認されたのは、2000年以降の「アト秒の時代」になります。逆にいえば、これらを確認することで「アト秒の時代」に
入った、ということになります。

アト秒レーザーパルス列と単一アト秒レーザーパルス:
さて、この三段階モデル(再衝突モデル)によると、(また、再衝突によりアト秒パルスが発生しているとすると)
もともとのレーザーパルス(赤外レーザーパルス)の1周期(800nm では2.66fs)あたり、 二回、トンネルイオン化と電子再衝突過程が生じ、
アト秒レーザーパルスが生成することになります。もし赤外レーザーパルスのパルス幅が長い(何周期もある) 場合、
「一つ一つはアト秒のパルス幅を持ったレーザーパルスが、列になる」ことがわかります。
これをアト秒レーザーパルス列(attosecond pulse train)と言います。ここで、隣り合うアト秒パルスの電場は、逆になります。
「基本波の半周期ごとに、電場が逆になったパルス列」をフーリエ変換すると、「高次高調波が奇数次のみを持つ」ことがわかります。
なお、800nmに400nmを足して高次高調波を発生させた場合は、隣り合うアト秒パルスの電場がちょうど逆にならないので、偶数次も発生します[6]。



一方、もし、800nmのレーザー電場が非常に短く、数回しか振動しない場合(few-cycle pulse)には、800nmのレーザーパルス一つあたり、一回だけアト秒パルス
が生じることになります。これを単一アト秒パルスと言います[7]。この場合は、ひとつしかないので、スペクトルはブロードになります。
以上、高次高調波の発見と、三段階モデルについて概説しました。最後の[6][7]については、2000年以降のアト秒の時代のことになります。

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アト秒ストリーク法[5]
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それでは、アト秒の光パルスのパルス幅をどのように測定したらよいのでしょうか?その方法は、1997年の
"Methods for the measurement of the duration of high-harmonic pulses"という論文で、P.Corkum先生らによって提案されました。


赤外レーザーパルスと、アト秒高次高調波を同時に、気体などに集光します。すると、イオン化が起こって、電子が放出されます。
放出された電子は、赤外レーザー電場によって揺さぶられ、加速されたり減速されたりします。
ここで、レーザーパルスが通り過ぎたあとの光電子の運動エネルギーを測定すると、
光電子の運動エネルギーは「どのタイミングで電子が放出されたか」に依存します。
例えば、赤外レーザー電場のピーク付近で電子が放出されると、測定される運動エネルギーは小さくなります。
一方、赤外レーザー電場がゼロになる付近で電子が放出されると、測定される運動エネルギーは大きくなります。
このように、「光電子の運動エネルギーを測定することで、どのタイミングで電子が放出されたか」がアト秒精度でわかります。
赤外レーザーは、1回振動するのに2.66fsになりますので、アト秒のタイミングで、光電子の運動エネルギーがかわります。

このことは、corkum先生の半古典的三段階モデルの「レーザー電場中での電子の運動」をニュートン方程式を解いて、
簡単に示すことが出来ます。

この方法を用いて、2001年に、単一アト秒パルスの幅が同定され、またそれ以降、アト秒レーザーによるアト秒イオン化過程の
研究が行われました。次章に記しています。

[1] M. Ferray,A. L’Huillier, X. F. Li, G. Mainfray, and C. Manus, J. Phys. B21, L31 (1988).
[2] P. Corkum, Phys. Rev. Lett.71, 1994 (1993).
[3] M. Lewenstein, Ph. Balcou, M. Yu. Ivanov, Anne L’Huillier, and P. B. Corkum, Phys. Rev. A49, 2117 (1994).
[4] P. Corkum, N. H. Burnett, and M. Y. Ivanov, "Subfemtosecond pulses". Opt. Lett.,15, 1870 (1994).
[5]E. Constant, V. D. Taranukhin, A. Stolow, and P. B. Corkum,
"Methods for the measurement of the duration of high-harmonic pulses",Phys. Rev. A56, 3870 (1997).
[6]N. Dudovich, O. Smirnova, J. Levesque, Y. Mairesse, M. Yu. Ivanov, D. M. Villeneuve, P. B. Corkum, Nature Phys. 2, 781 (2006).
[7]A. Baltuska, T. Udem, M. Uiberacker, M. Hentschel, E. Goulielmakis,
C. Gohle, R. Holzwarth, V. S. Yakovlev, A. Scrinzi,T. W. Hansch, and F. Krausz,
"Attosecond control of electronic processes by intense light fields", Nature 421, 611 (2003).

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3. アト秒科学の方法・・・2000年代以降
「アト秒レーザーパルスを用いる方法」と、「アト秒再衝突電子を用いる方法」
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2000年以降になって、アト秒の時代が幕を開けました。特に2000年から2006年くらいまでの間は、次々に新しいアイデアに基づく
新たな実験が行われ、それ以前とはレーザー科学・超高速の原子分子分光などの世界が一変しました。
いわば人類が 「新しい時間領域」に足を踏み入れたときになります。

アト秒科学には、大きく分けて二つあります。
一つは「アト秒レーザーパルス(高次高調波)を用いる方法」で、もうひとつは「再衝突電子を用いる方法」です。
後者の「再衝突電子を用いるアト秒測定法」は、筆者らがCorkum研究室で開発に貢献したものです。

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(a) アト秒高次高調波を用いる方法
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この方法は、前出の「極端紫外領域の高次高調波(アト秒レーザーパルス)」をプローブとして用いる方法です。
始めに、高強度の赤外レーザーパルスを原子などに照射して、高次高調波を発生させます。ここで、もし赤外レーザーのパルス幅
が長ければ「アト秒パルス列」が発生し、数サイクルしかない場合(で、キャリアエンベロープ位相を固定した場合)は、
「単一アト秒パルス」が生じます。以下の図では、単一アト秒パルスの場合を書いています。

次に、発生したアト秒高次高調波と、赤外レーザーパルスを同時に、測定対象に照射します。ここで、高次高調波は極端紫外領域
なので、たいていの原子や分子からは、イオン化により、電子が放出されます。放出された電子の運動エネルギーは、アト秒高次高調波(XUV)と
赤外レーザーパルス(IR)の時間差によって変わります。そこで、XUVとIRの時間差の関数として、光電子スペクトルを 測定することで、
「電子がいつ放出されたのか」のタイミングを測定することが出来ます。
アト秒パルス列を用いた場合も、同様の測定になります。


この方法を用いて、まずアト秒パルス列の「パルス幅」が250アト秒と測定され[8]、次に、単一アト秒パルスのパルス幅が650アト秒である
と測定されました[9]。次に、単一アト秒パルスを用いて、レーザー照射後に、電子ダイナミックスが試料内で生じて
遅れて電子が放出される場合(オージェイオン化過程)についての測定が行われました[10]。また、トンネルイオン化ダイナミクス[11] その他、固体試料も含めて多くの実験がなされています。

単一アト秒パルスを用いた方法[9][10]
単一アト秒パルスを用いた方法は、Ferenc Krausz教授らのグループによって達成されたもので、技術的には難しいことを含んでいます。
・高強度で数サイクルの、キャリアエンベロープ位相が安定化した赤外レーザーパルスの生成
・発生させた単一アト秒パルスと、赤外レーザーパルスを試料に照射して、そのタイミング(XUV-IR時間差)をアト秒精度で変える方法
キャリアエンベロープ位相の安定化については概説しませんが、「レーザー電場の形を一定に保つ」「制御する」方法で、
周囲の振動などの影響を受けやすいため、アト秒研究室では床の安定などが重要になります。

また、単一アト秒パルスは[12]でも発生されています。

RABBIT法[8][13]
アト秒パルスを用いた方法はしばしばRABBIT法と呼ばれ、こちらも多く使われています[13]。
これも同様に、アト秒パルス列と赤外パルスとを同時に試料にあてて、放出された電子を測定するものです。
詳細はこちら(2-path RABBIT)に記しています。
・アト秒パルス列のパルス幅の測定
・イオン化に伴う時間差(ionization delay)の測定
等があります。なおRABBITTとかRABITTとか書かれることもあるようで、どれが略称なのかはよくわかりません。
ちなみに筆者らが2017年にScience誌に発表した研究は、これを発展させたものになります[14]。

アト秒吸収分光法による「原子内」電子運動の測定(attosecond transient absorption spectroscopy)[15]
上記の測定は「アト秒パルスを試料にあてて、放出された光電子を測定する」ものでした。
それに対して、時間分解で吸収の変化を測定する実験が行われ、原子の価電子(原子内の電子)の運動が
アト秒精度で測定されました。

[8]P. M. Paul, E. S. Toma, P. Breger, G. Mullot, F. Auge, Ph. Balcou, H. G. Muller, P. Agostini,
"Observation of a Train of Attosecond Pulses from High Harmonic Generation",Science 292, 1689 (2001). 
[9]M. Hentschel, R. Kienberger, Ch. Spielmann, G. A. Reider, N. Milosevic,
   T. Brabec, P. Corkum, U. Heinzmann, M. Drescher, F. Krausz, "Attosecond metrology", Nature 414, 509 (2001).
[10]M. Drescher, M. Hentschel, R. Kienberger, M. Uiberacker, V. Yakovlev, A. Scrinzi,
   Th. Westerwalbesloh, U. Kleineberg, U. Heinzmann and F. Krausz,
"Time-resolved atomic inner-shell spectroscopy", Nature 419, 803(2002).
[11] R. Kienberger, E. Goulielmakis, M. Uiberacker, A. Baltuska, V. Yakovlev, F. Bammer, A. Scrinzi,
Th. Westerwalbesloh, U. Kleineberg, U. Heinzmann, M. Drescher & F. Krausz,
"Atomic transient recorder", Nature 427, 817 (2004).
[12]G. SansoneE. BenedettiF. CalegariC. VozziL. AvaldiR. FlamminiL. PolettoP. VilloresiC. AltucciR. VelottaS. StagiraS.
De Silvestriand M. Nisoli, "Isolated Single-Cycle Attosecond Pulses", Science 314, 443 (2006).
[13] Y. Mairesse, A. de Bohan, L. J. Frasinski, H. Merdji, L. C. Dinu, P. Monchicour,
   P. Breger, M. Kova?ev, R. Taieb, B. Carre, H. G. Muller, P. Agostini, P. Salieres,
"Attosecond Synchronization of High-Harmonic Soft X-rays", Science 302, 1540 (2003).
[14] D.M.Villeneuve, P. Hockett, M.J.J.Vrakking and H. Niikura ,
"Coherent imaging of an attosecond electron wave packet", Science 356, 1150 (2017).
[15] Eleftherios Goulielmakis, Zhi-Heng Loh, Adrian Wirth, Robin Santra, Nina Rohringer, Vladislav S. Yakovlev, Sergey Zherebtsov,
Thomas Pfeifer, Abdallah M. Azzeer, Matthias F. Kling, Stephen R. Leone & Ferenc Krausz
"Real-time observation of valence electron motion", Nature 466, 739 (2010).


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(b) アト秒再衝突電子を用いる測定法
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この方法は、筆者らがPaul Corkum研究室でその構築に貢献したものです。ここでは、測定対象となる試料そのものに、赤外の
高強度レーザーパルスを照射します。すると、トンネルイオン化---電子再衝突過程により、前出のような様々な物理過程が生じます。
その過程を利用します。すなわち
「電子再衝突の結果として生じた、電子励起・電子散乱・高次高調波発生過程を測定することで、測定対象についての情報を得る」
という方法です。言い換えれば、
・測定対象自身から、測定となる電子プローブを引き出して、自分に当てる。つまり「自分自身の一部を用いて、自分自身を測定する」
というユニークな方法です。


再衝突モデルや、「再衝突による電子散乱」についての理論的研究は、それぞれ1993年、1996年にCorkum研究室から出されました。
筆者らは、2002~2003年に「再衝突電子のパルス構造の同定と、それを用いた実際のアト秒測定」を行い、
「再衝突電子を用いたアト秒測定法」を構築しました。

何をアト秒の”時計”にするのか?
1993年の「三段階モデル」で、「トンネルイオン化と電子再衝突」は説明されましたが、「アト秒の測定」をするためには
なんらかの時計が必要になります。2002年の論文は、「電子再衝突モデル」に「アト秒時間での測定」の概念を加えたもので
以下の新しいアト秒測定法を示したものです。
その原理は
・トンネルイオン化によって、相関した二つの”運動”が生じる。
・その片方で、もう別な片方の運動を再衝突により測定する。
というものです。”運動”と書いていますが、より正確には”波束”です。
分子の振動運動や電子運動は「波のかたまり」として表現されますので、波がなにかパルス状になったものです。
振動運動:
・時計スタート:トンネルイオン化で、「再衝突電子」が発生して運動を開始し、同時に振動運動がスタートする。
・時計ストップ:電子再衝突で、振動運動が止まり、分子が壊れたり電子が放出されたりする。壊れた分子を測定する(Nature 421, 826, 2003).
電子運動:
・時計スタート:トンネルイオン化で、「再衝突電子」が発生して運動を開始し、同時に電子運動がスタートする。
・時計ストップ:電子再衝突で、振動運動が止まり、光(アト秒パルス、高次高調波HHG)が発生する。その高次高調波のスペクトルを測定する。
ここで「高次高調波のスペクトルは、アト秒での時間軸に変換できる」という原理を使います(後述)。 (Phys. Rev. Lett. 107, 093004, 2011).


この方法が可能になるには、まず「再衝突電子のパルス幅が十分に短く」なければなりませんが、それを2002年に示しました。
また、 ・「再衝突電子のパルス幅を測定するには、分子振動を時計とする(molecular clock)Nature2002
・分子振動を測定するには、再衝突電子の衝突時間を制御するNature 2003
と「どちらでどちらを測定するのか」を変えることが出来ます。

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1. 再衝突電子の時間構造・空間構造の同定(分子時計法による)
"Sub-laser-cycle electron pulses for probing molecular dynamics"
H. Niikura, F. Legare, R. Hasbani, A. D. Bandrauk, Misha Yu. Ivanov, D. M. Villeneuve, P. B. Corkum, Nature 417, 917 (2002).
この論文では、再衝突する電子が「レーザー電場1周期以内の」パルス幅を持ち、再衝突電子による時間分解測定が可能なことを示したものです。
再衝突してくる電子のタイミングを測定するためには、なんらかの「時計」が必要になります。ここでは「分子振動」をその時計として
用いました。トンネルイオン化により、電子が放出されたときに、分子も振動を開始します。電子再衝突過程により、分子振動が止まります。
分子がどれだけ振動したかを調べることで、「いつどれくらい電子が再衝突したのか」を調べる、というものです。
おおよそ、電子はトンネルイオン化後、レーザー電場の周期(800nmの場合は2.66fs)の2/3くらいのときに戻ってきて、その再衝突が続く時間は
~1fs程度であり、空間的な広がりが1nm程度の「微小な電子パルス」であることがわかりました。
これにより「再衝突電子」による「レーザー電場一周期以内(sub-laser-cycle)の時間分解測定」が可能であるということが示されました。
論文では~1fs程度ですが、次の論文のように、アト秒時間での計測が可能&他の論文ではattosecond electron pulseと紹介されることがあります
ので、「アト秒再衝突電子」と呼んでいます。

従来、レーザーパルスと同様に、「電子パルス」も、測定プローブとして用いられてきました。
しかし、試料のダイナミクス(時間変化)を電子パルスを用いて測定する場合、まず「電子パルスのパルス幅」が、短くなければなりません。
従来では「電子パルスをどこかで作って、それを試料に当てる」という方法が使われていましたが、その場合は
電子パルスは作られてから試料にあたるまでに、パルス幅・空間ともに伸びてしまう」という問題があり、2000年当時は、
最短の「電子パルス」は数百フェムト秒の領域でした。 一方、この再衝突電子は、「試料から放出された電子は、すぐに戻ってくる」ために、
・パルス幅が時間的・空間的に(あまり)広がらない)
・極めて効率が良い
という利点があります。さらに、後述のように「コヒーレント」な電子パルスです。

この論文は、
"Electron bunches are cut down to size" Physics world Sep. 2002.
"Electrons probe ultrafast dynamics" LaserForcusWorld Mar. 2003.
"The fast show" Nature in Context, Nature 2002.
等でレビューされています。
"The fast show"は、ネイチャー誌が「アト秒の時代に入った」ことを簡単にレビューしたもので、 [8][9][10]と、本論分の四つがあげられています。

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2. 再衝突電子によるアト秒分子振動運動の測定
“Probing molecular dynamics with attosecond resolution using correlated wave packet pairs”
H. Niikura, F. Legare, R. Hasbani, M. Ivanov, D. M. Villeneuve and P. B. Corkum, Nature 421, 826-829 (2003).
次に、この再衝突電子を用いて、「アト秒時間精度で」分子振動を測定しました。本研究では、電子が再衝突するタイミング
をアト秒精度でずらし、そのあいだに、分子振動がどれだけ伸びるのか(振動波束がどれだけ時間発展するか)について 測定したものです。
最短の測定の間隔は700アト秒(700as)です。



本過程は、 「相関した(またはエンタングルした)波束対を生成し、その片方(または両方)の運動を、高強度レーザー電場でアト秒精度で
制御することでそれぞれのダイナミクスを測定する」というように一般化できます。ここでは「電子波束と振動波束」でしたが、「異なる電子波束同士」
などの相関過程にも利用できることになります。

この論文は、
Nature milstonesのアト秒科学についての記事
Nature Milestones: Photons
Into the attoworld
に、Original research papersの一つとしてあげられています。

これらの論文により、「再衝突電子を用いて、アト秒時間分解の研究を行うことができる」ことを示しました。

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3. 高次高調波発生過程を利用した電子測定法
前述のように、電子再衝突過程により、高次高調波が発生します。そこで、
「試料から発生した高次高調波のスペクトル強度・位相・偏光方向などに、試料の電子・振動状態やそのダイナミクスの情報が記載されうる」
ということを利用した、「high-harmonic spectroscopy」(高次高調波分光)という、新しい分光法が生まれました。
この方法を用いて、なぜ電子状態が測定できるのか?は以下のように説明されます。

・トンネルイオン化過程により、原子や分子内部の電子波動関数が、原子(や分子)内部に残る部分と、
イオン化して再衝突電子となる部分とに分離する。
・再衝突電子となる部分は加速されて、もとの原子や分子に残った部分と相互作用し、残った部分の電子波動関数を揺らす。
・電子がある周期でゆれると、それに対応する電場のゆれを持った光(高次高調波)が発生する。
・したがって、高次高調波の電場には、「電子の情報」が記載されている。


例えを使うと、風呂桶に張られた水(電子波動関数)から、一部の水がこぼれだします。つぎに、こぼれた水(再衝突電子)は、
風呂桶を逆に傾けたときに、スピードをつけてもとの風呂桶に戻ります。このとき、電子では「加速されている=ドブロイ波の波長が短い」
ということですが、戻ってきた「水(電子)」が、風呂桶の中に残った水(電子)も、揺らします。(池に津波がやってくると、池の水も、津波によって
ゆらされる、というような感じです)。水(電子)が揺らされると、それに応じた光(高次高調波)が発生します(双極子近似)。そのときの
風呂桶の水のゆれ具合は「風呂桶のサイズや水の性質」などを反映していますが、それが光の電場の情報に記載される、ということです。
追記:これが、「なぜ電子再衝突により、高次高調波(光)が発生するのか」という理屈です。

ここで重要なことは、この過程はすべて「コヒーレント」であるということです。すなわち、ここでは電子波動関数の干渉を利用していますが
これは「光の干渉計」と類似のもの(光を二つの光路にわけて、別々に走らせて、重ね合わせてその干渉を見る)になっています。

アト秒量子干渉計
この過程を、Corkum先生がよく用いる、光学干渉計とのアナロジーで説明します。
H. Niikura and P. Corkum,"Attoecond and Angstrom Science",
Advances in Atomic, Molecular and OpticalPhysics, 54, 511 (2007)

光学干渉計・・・光の性質を測定するために用いられる(実際には非線形効果などを用いる)。
ビームスプリッターで光パルスを二つにわけ、別な光学パスを走らせて、再度、重ね合わせる。
すると、二つの光パルスが干渉し、その干渉パターンからもとの光パルスの情報を得る。

アト秒量子干渉計・・・原子や分子に高強度の赤外レーザーを照射すると、トンネルイオン化ー電子再衝突過程が起こり、
高次高調波(アト秒パルス)が発生する。これは上記の光学干渉計と類似している。
・トンネルイオン化:原子や分子内の電子波動関数(原子軌道や分子軌道)が、原子や分子内に残る部分ψb
トンネルイオン化して外に出て行く部分ψc(再衝突電子)とに分離する。つまりトンネルイオン化=電子のビームスプリッター
・レーザー電場中での運動:再衝突電子ψcはレーザー電場中を運動(時間発展)する。
・電子再衝突:原子や分子内に残った部分ψb(分子軌道など)と、再衝突電子ψcが重なり、干渉する。
・高次高調波発生:干渉の結果、電子が揺らされ、(電子がゆれると光が発生する)高次高調波が発生する。
高次高調波(アト秒レーザー)の位相・強度・偏光方向などは、「どのように電子の干渉が起こったか」を反映している。
すなわち原子軌道・分子軌道や、再衝突電子の情報がそこからわかる。

つまりアト秒かつオングストローム領域での微少な電子のコヒーレントな性質を、
測定が容易なの位相や強度などに変換して、測定するというものです。



以下、Corkum研究室から発表された論文について紹介します。

a. 分子軌道測定とアト秒電子運動測定法の提案
“Tomographic Imaging of Molecular Orbitals",
J. Itatani, J. Levesque, D. Zeidler, H. Niikura, H. Pepin, J. C. Kieffer, P. B. Corkum and D. M. Villeneuve,
Nature 432, 867-871 (2004).
いわゆる「分子軌道トモグラフィー法」として、極めて引用回数が高いものです。

気相の分子はそのままではランダムな方向を向いています。そこで、まず高強度レーザー電場を照射することで、ある一定の方向に そろえます。
次に、別な高強度の赤外レーザーパルスを照射し、トンネルイオン化ー再衝突過程により、高次高調波を発生し、スペクトルを測定します。
このプロセスを、「分子の配列方向と再衝突電子の方向とをいろいろ変えながら」行い、それぞれ高次高調波のスペクトルを測定します。
様々な角度で測定されたスペクトルから、二次元の分子軌道を再構成します。

ここで分子軌道(電子波動関数)は、複素数Ψで表されます。一方、従来の光電子分光などの測定では、
波動関数の自乗|Ψ|2で表されるため、複素数の位相成分(符号の違い)は消えてしまいます。
ここではプローブとなる再衝突電子はコヒーレントであり、分子軌道とコヒーレントに相互作用して
高次高調波を発生するため、波動関数の符号の違いを区別して測定することが可能になります。


アト秒で動く電子(波束)運動
はどうやって測定したらよいのか?についても、上記のnature論文と、以下に
"Mapping attosecond electron wave packet motion”
H. Niikura, D. M. Villeneuve and P. B. Corkum, Phys. Rev. Lett. 94, 083003-1-4 (2005).
理論計算で示されています。すなわち、
「電子が原子分子内でアト秒で運動していたとしたら、その電子の運動は、やはり発生した高次高調波のスペクトルに 記載される」
ということを示したものです。

アト秒の時間分解能はどこででるのか?
はじめに戻ってくる電子(short trajectory)との再衝突の結果、発生する高次高調波の
エネルギーと再衝突時刻には、1:1との関係があるという原理を利用します。
すなわち、アト秒の電子運動が、高次高調波のスペクトルに”マッピング”されることになります。(TBA)

b. 化学反応測定
"Following a chemical reaction using high-harmonic interferometry",
H. J. Worner, J. B. Bertrand, D. V. Kartashov, P. B. Corkum and D. M. Villeneuve,
Nature 466, 604 (2010).
これはなかなか手の込んだ実験です(筆者は共著者ではありません)。あるパルスで化学反応(分子解離など)を起こさせ、その後の変化を測定する
というのは、化学反応動力学の研究で用いられていますが、「反応しなかった部分」が測定上の問題となります。
ここではtransient grating という方法を用いて、Br2分子の「励起しなかった分子と、励起した分子から発生した高次高調波の干渉」
を測定しています。さらには「450zs (ゼプタ秒)」という何かも見えています。

以下はNO2を試料にしたものです。
Conical Intersection Dynamics in NO2 Probed by Homodyne High-Harmonic Spectroscopy
H. J. Worner, J. B. Bertrand, B. Fabre, J. Higuet, H. Ruf, A. Dubrouil, S. Patchkovskii, M. Spanner,
Y. Mairesse, V. Blanchet, E. Mevel, E. Constant, P. B. Corkum, and D. M. Villeneuve
Science 334, 208 (2011).

多電子の効果
High harmonic interferometry of multi-electron dynamics in molecules,
Olga Smirnova, Yann Mairesse, Serguei Patchkovskii, Nirit Dudovich, David Villeneuve, Paul Corkum & Misha Yu. Ivanov
Nature 460 972 (2009).
も研究されています。この論文は
「CO2から発生した高次高調波のスペクトルにへこみがでるが、測定した研究室によって結果が異なる。それはなぜか?」
を明らかにしたものです。CO2の構造ではなくて、多電子配置間の干渉であるということを示しています。

c. 固体への応用
これは2015年のものですが、high-harmonic spectroscopyの固体への応用が行われたものです。
"Linking high harmonics from gases and solids"
G Vampa, T J Hammond, N Thire, B E Schmidt, F Legare, C R McDonald, T Brabec, P B Corkum
Nature 522 462, 2015.

その他、Nature, Scienceに載っていない論文や、他の研究室からも、非常に多くの
high-harmomnic spectroscopyを用いた論文が出されています。例えばhigh-harmonic spectroscopyを振動運動測定に適用した研究
"Probing proton dynamics in molecules on an attosecond timescale".
S. Baker, J. S. Robinson, C. A. Haworth, H. Teng, R. A. Smith, C. C. Chirila, M. Lein, J. W. G. Tischand J. P. Marangos
Science 312, 424 (2006)
などがあります。

d.分子内のアト秒電子(or charge migration)運動の測定
“Probing the Spatial Structure of a Molecular Attosecond Electron Wave Packet Using Shaped Recollision Trajectories”
H. Niikura, Hans JakobWorner, D. M. Villeneuve, and P. B. Corkum, Phys. Rev. Lett. 107, 093004-1-5 (2011).
トンネルイオン化で、電子の運動を開始させ、電子波動関数の変化を「発生した高次高調波の偏光の違いで観測する」というものです。
"Measurement and laser control of attosecond charge migration in ionized iodoacetylene",
P. M. Kraus, B. Mignolet, D. Baykusheva, A. Rupenyan,L. Horny, E. F. Penka,
G. Grassi, O. I. Tolstikhin, J. Schneider, F. Jensen, L. B. Madsen, A. D. Bandrauk,
F. Remacle,2 H. J. Worner, Science 350, 790 (2015).
スイスETHなどによるものですが、分子の配列を制御した測定です。

w-2w法
基本波(w)とその二倍波(2w)を組み合わせて、w-2wの位相差を変えて高次高調波を発生するというもので、
RABBIT法と同様に、アト秒パルスのパルス幅の測定も可能です。(なぜかin-situ法と呼ぶこともあります)
この方法はhigh-harmonic spectroscopyでは多く使われています。
アト秒レーザー(高次高調波)のパルス幅等測定(w-2w法)
詳細な解説
"Measuring and controlling the birth of attosecond XUV pulses"
 N Dudovich, Olga Smirnova, J Levesque, Yu Mairesse, M Yu Ivanov, DM Villeneuve, Paul B Corkum,
 Nature Physics 2, 781 (2006).
原子軌道
"Atomic wavefunctions probed through strong-field light matter interaction", Nature Physics 5, 412 (2009).
分子軌道の対称性が区別できる(Niikura et al., Phys.Rev.Lett.105, 053003, (2010)) や
アト秒電子波束運動の測定(Niikura et al., Phys. Rev. Lett. 107, 093004-1-5 (2011))前述。
アト秒灯台によるパルス幅測定
"Attosecond pulses measured from the attosecond lighthouse",
 T. J. Hammond,, Graham G. Brown, Kyung Taec Kim, D. M. Villeneuve and P. B. Corkum,
Nature Photonics 171,10 (2016).
固体物理、バンド構造の測定
前述のNature 522 462, 2015に加えて、
"All-optical reconstruction of crystal band structure"
 G. Vampa, TJ Hammond, N. Thire, BE Schmidt, F. Legare, CR McDonald, T. Brabec, DD Klug, PB Corkum
 Phys.Rev.Lett. 115, 193603 (2015).

RABBIT法や電子ストリーク法などは「光イオン化」過程を用いるものですので、高価かつたいへんな
真空チャンバー・電子分光器や、アト秒パルスと赤外光との時間差をかえる装置が必要でした。
また、測定された現象は「光イオン化ダイナミクス」も含まれています。
w-2w法では、発生したアト秒パルスを測定するものですので、光イオン化を使わないため、装置系が簡単になります。
特に、3000nmなどの赤外パルスで、固体薄膜などから高次高調波を発生すると、次数の高いところでも紫外〜可視になりますので、
「All optical method」となります。現在、固体物理の分野で注目を集めています。

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4. 再衝突電子による電子散乱による測定
次に、再衝突電子と、元の原子・分子との電子散乱(干渉)により、試料に関する情報を得る、という方法です。
Corkum研からの代表的な論文をあげます。

Laser-induced electron tunneling and diffraction. M. Meckel, D. Comtois, D. Zeidler, A. Staudte, D. Pavic?ic?,
H. C. Bandulet, H. Pe?pin, J. C. Kieffer, R. Do?rner, D. M. Villeneuve, P. B. Corkum,
Science 320, 1478 (2008).



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4. アト秒科学の最近の研究
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最近の研究はいろいろありますので、筆者が行っているもののみを記します。

1.アト秒レーザーによる複素数の電子波動関数の可視化

"Coherent imaging of an attosecond electron wave packet",
D.M.Villeneuve, P. Hockett, M.J.J.Vrakking and H. Niikura , Science 356, 1150 (2017)
"High-resolution attosecond imaging of an atomic electron wavefunction in momentum space",
Takashi Nakajima, Tasuku Shinoda, D. M. Villeneuve, and Hiromichi Niikura
Phys. Rev. A.106, 063513 (2022).
[解説スライド]複素数の電子波動関数の可視化 研究紹介ポスター
総説 電子波動関数の直接イメージング法の開発

この方法は、アト秒パルス列を用いて、光電子分光法で複素数の波動関数が可視化できることを示したものです。
アト秒パルス列+赤外光による「電子の位相(またはphotoionization delay)」の測定は、2001年のRABBIT法(Science 292, 1689 (2001))が元になっています。
一方、RABBIT法では、「奇数次の」高次高調波と赤外光の組み合わせによる干渉を用いるため、角度分解での測定が困難でした。
2017年に筆者らは、「奇数次と偶数次を含む」高次高調波と赤外光の組み合わせによる「3パスの」干渉を用いて、
(Science 356, 1150 (2017))「電子の放出角度ごとの位相差」を測定しました。
2022年に、奇数次と偶数次を含む」高次高調波の発生過程を制御し、赤外光との組み合わせでより簡単な「2パス」の干渉を生成し、
「電子の放出角度+エネルギー=運動量」ごとの電子の位相を測定する方法を開発しました。Phys. Rev. A.106, 063513 (2022)
これにより、「放出された電子の位相分布と振幅の分布」がわかることになり、「複素数の運動量空間での波動関数」を可視化することが
できました。

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まとめ
以上、簡単ですが、1990年代のフェムト秒の時代から、2000年代にアト秒の時代に入るくらいの時期の研究について
紹介しました。以上で紹介しました論文を簡単にまとめると以下のようになるかと思います。
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1.プレアト秒の時代(1980年代後半〜1990年代)
(a)高次高調波の発見 J. Phys. B21, L31 (1988)
(b)三段階モデルの構築 (Phys.Rev.Lett.71, 1994 (1993))
  ・アト秒レーザーパルス発生の理論予測 Opt. Lett., 15, 1870 (1994)
  ・アト秒レーザーパルス測定方法の提案 Phys. Rev. A 56, 3870 (1997)

2.アト秒の時代(2000年代)
(a)アト秒レーザー(高次高調波)による方法
・アト秒パルス列のパルス幅測定 Science 292, 1689 (2001); Science 302, 1540 (2003)
・単一アト秒パルスのパルス幅測定 Nature 414, 509 (2001).
・単一アト秒パルスによるイオン化測定 Nature 419, 803(2002); Science 314, 443 (2006).
・CEP制御による単一アト秒パルス発生と測定 Nature 421, 611 (2003),
・トンネルイオン化ダイナミクス Nature 427, 817 (2004)
・アト秒時間分解吸収法による原子内電子波束運動の測定 Nature 466, 739 (2010).
and more...

(b)アト秒再衝突電子による測定法
・再衝突電子のパルス構造・空間構造の同定 Nature 417, 917 (2002).
・アト秒振動波束運動測定 Nature 421, 826(2003).
・電子散乱による方法 Science 320, 1478 (2008).
・高次高調波発生による方法(高次高調波分光:high-harmonic spectroscopy)
  分子軌道・電子運動 Nature 432, 867 (2004); Phys. Rev. Lett. 94, 083003 (2005).
  振動運動 Science 312, 424 (2006).
  化学反応測定 Nature 466, 604 (2010) ・Science 334, 208 (2011).
  多電子効果 Nature 460, 972 (2009). アト秒電子運動の測定 Phys. Rev. Lett. 107, 093004 (2011), Science 350, 790 (2015) 
  固体内の電子・ホールダイナミクスNature 522 462, 2015
and more...
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むろん他にも(特にhigh-harmonic spectroscopy, RABBITを用いたもの、軟X線領域の発生など)に関して
いろいろあるとは思いますが、さしあたり、わりと筆者に近いものとして、当時からこのような形で認識をしていました。

新しい科学の時代がどのように築かれたのか、アト秒科学では非常に興味深い展開となりました。

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なにかエピソードを、ということで、、
2004年にNatureに出されている論文には"watching electron move"という章があり、前述のように
「アト秒で動く電子波束運動もこの方法で測定できる」ことを理論的に示したものです。2005年のPhys.Rev.Lett.の論文に詳しくあります。
この少し前、筆者は「高強度レーザーによる振動波束運動の制御」の実験と計算を行っていましたが、
Corkum先生と話し、「振動運動用」の計算プログラムを「電子運動用」に組み替えて、いろいろ行ったところ
原子や分子内に電子の運動が生じている場合、そこから発生した高次高調波のスペクトルに、
その運動がアト秒精度で非常にきれいに記載される

ことがわかった、というものです。
2005年のPRLの論文の手直しは、建物外のオタワ川のそばのベンチでCorkum先生と一緒に行ったことを覚えています。
(実はそのときに手直しした原稿も保管してあります)。
オタワの研究所


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